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大河ドラマ「べらぼう」遊廓で遊んだ挙句、お金が払えない客に加えられたとんでもない制裁
NHK大河ドラマ「べらぼう」第35回は「間違凧文武二道」。
同ドラマにおいては吉原遊廓の様々な情景、遊女と男客のやり取りなどが描かれています。
遊廓における客の振る舞いも様々あるでしょうが、もし散々、廓で遊んだ後でその「支払いができない!」となった場合はどうなるのでしょうか?
「かくの始末と紙入をあけて見せ 客種のわるさ始末におえぬなり」と川柳にあるように遊廓で遊んだは良いが、支払いができない客もいたようです。
また最初から金を持たずに遊ぶ「強者」もいたとのこと。
そんなけしからん客は「始末屋」に突き出されました。そこで持ち物から着ている衣服まで金に代えて払う必要に迫られるのです。
最悪の場合、文字通り身包み剥がされてしまうのでした。よって始末屋のことを「ちょうど質屋か古着屋のようなもので、相当に因業なものだったらしい」(中野栄三『遊女の生活』雄山閣出版、1965年)と表現している本もあります。
さて、自らの所持品や衣服を一時、始末屋に預けて金を借りることもできました。しかしそれができない遊客は前述のように身包み剥がされてしまう。
しかし素っ裸で道を歩く訳にもいきません。そこで古着か襦袢、破れ傘などを与えられ帰されるのでした。複数人で遊廓で遊んだ際には誰かを遊廓に残して他の者が一旦外に出て金を持って来る手段もありました。
しかし居残った者は「人質」のようなもの。待っている間は行燈を入れておく空部屋(行燈部屋)などに押し込められました。これはまだ良い方で江戸時代初期まではもっと酷い制裁がありました。
代金を払えない客を路上に引き出し、小さな窓を開けた風呂桶を被せて晒し者にしたのです。いわゆる「桶伏せ」です。
簡単な食事は与えられましたが、便所には行かせてもらえず・・・かなり辛く恥ずかしい私刑でした。さすがに残酷ということでこうした私刑は消えていったのでしょうか。が、無銭遊客は消えることはなく「毎度お世話と始末屋へ三会目」との川柳も残されています。
(主要参考文献一覧)
・中野栄三『遊女の生活』(雄山閣出版、1965年)
・中野栄三『新版 廓の生活』(雄山閣出版、1972年)
(歴史学者・濱田 浩一郎)