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木村拓哉、西田敏行さん追悼の10分間「自分にマネはできない」「本当にすてきな先輩」
木村拓哉(51)が27日放送のTOKYO FM「木村拓哉 FLOW」(日曜午前11時30分)で、17日に76歳で亡くなった俳優西田敏行さんを追悼した。
木村は番組冒頭「先日届いた、本当に悲しいニュースについてのメッセージから紹介します」とリスナーからのメールに触れ、西田さんについて語り始めた。 TBS系「華麗なる一族」(07年)テレビ朝日系「アイムホーム」(15年)などで共演した木村は「本当、僕も訃報を耳にした時にはうーん。何か、非常に、落ちてしまいました。実際76歳というお年だったらしんですけど」と心境を明かし、
「1998年だったと思うんですけど、TBSの時代劇のドラマがありまして、『織田信長 天下を取ったバカ』という作品があったんですけど、その作品の中で、西田さんが(木村演じる信長の)相手の義理の父ですよね、斎藤道三、まむしの道三を西田さんがやってくださって、一緒に撮影をしたのが、僕は初…初めてご一緒させていただいた感じだったかな」と初対面を振り返った。
木村は「子供の頃『西遊記』で堺(正章)さんが悟空をやられて、夏目雅子さんがお師匠さんをやっていて、岸部(四郎)さんですよね、沙悟浄やっていたの。で、猪八戒で西田敏行さん、という。もう、あれは見てたなあ、本当に見ていた。それでうわあ面白い、と思っていたし、すごいエンターテインメント、ワクワクさせてもらった、という意味でも、すごい見させてもらった」と、視聴者として西田さんの作品を見ていた時期も回想。
「西田敏行さんって、実在された植村直己さんの物語を西田さんがやられたり、そういう作品がすごく多くて、知らないうちに、好きな方になっていましたね」と明かすと
「先輩の男闘呼組が『オトコだろッ!』ってドラマをやっていたんですけど、そこにいらっしゃった、ペンションの、そこのオヤジみたいな感じで、男闘呼組のメンバーの皆さん達と毎週ケンカするって役をやってくださってて」と紹介すると
「僕は若干、趣味で釣りとかもやっていたので、『釣りバカ日誌』をやられていた。実写版」と西田さんの代表作の1つに触れると「だからなんだろう、好きな俳優さんになるのが当然。視聴者と出演者、という感じだった」とした。
98年の初対面時の思い出も語った。「自分が若かりしころの信長をやらせてもらった時に、義理の父の斎藤道三を西田さんがやってくださる。実際に現場でお会いして『よろしくお願いします』ってごあいさつをさせていただいた時に、『よろしくね』も『あなたすてきだね』という…。『よろしくね』だったり『すてきだね』だったり『こちらこそよろしく』だったり『一緒に楽しもうね』だったり、すべてが込められたような『ああ~、こんちは、こんちは、こんちは』って言ってくれて。それでもう次の瞬間、ふっと、シーンの撮影をさせてもらったのを覚えているんですけど」と、西田さんん第一印象を回想した。
その後、撮影であった際も「いつも笑顔なんですよね」と思い起こすと「印象的で覚えているのが『華麗なる一族』で。その時も義理の父だったんですけど、唯一味方してくれる義理の父の役をやってくださったんですけど。名だたる出演者が一堂に会する政界のパーティーみたいなシーンを今から撮りますというロケ現場で、西田さんが、ご自身が担うセリフを(頭に)入れられている、そのテーブルに同席させてもらったんです」と紹介。
「その時にね、すごい印象的なのが、簡易的なプレーヤー、今で言う、みんなが持っているスマホみたいなので、ジャズ、ジャズかなあ、を薄~く流しながら、セリフを覚えて…覚えているというか書き込みを入れたりとか、西田さんなりのアレンジを加えてみたりとか、されていたのをすごく覚えていて。音楽を流しながら、セリフを入れる作業を僕はあまししたことないので、『いつも西田さんってそうやって音を一緒に流しながら(台)本を入れたりするんですか?』と質問したら、『ウ~ン。だって気持ちいいじゃ~ん』って言って。その返しですか!という。『だって気持ちいいじゃ~ん』という風に言ってくれて。はぁ~っていう。要は、セリフを体に入れる、ということを、気持ちいいことに変換しちゃうんだ、っていうことをすごく、覚えてるなぁ」としみじみ語った。
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