「頭書事件につき、原告は、都合により、被告らに対する訴えの全部を取り下げます」(「取下書」(2024年11月8日付け))
「頭書事件につき、被告らは、原告の訴え取下げに同意します」(「同意書」(同日付け))
「原告は、都合により」、詳しい理由は記載されていない。ただ、裁判記録をめくっていくと、松本氏側が自ら終止符を打った理由が見えてきた。
松本氏は「女性のLINEアカウント」も文春側に要求
この裁判は、開始段階から先行きが怪しかったのかもしれない。
松本氏側が提出した「訴状」には、賠償額について「筆舌に尽くし難い精神的損害を受けたのであるから、原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は5億円を下らない」と書かれていた。しかし、約5億円もの高額を請求しているのに、その内訳は不明のまま。
松本氏が性加害をしていないということを立証する証拠はなく、週刊文春の該当ページを引用して「原告の名誉を毀損するものであることは明らか」と主張するだけ。松本氏が性加害をしていないことなどを具体的に説明せず、あまりにも歯切れが悪いのだ。
さらに、松本氏側は「準備書面1」(2024年3月28日付け)で「審理の迅速化」と「記憶喚起」を理由に、記事上で「A子さん」「B子さん」と氏名が伏せられていた被害者とされる女性の氏名だけではなく、「LINEアカウント」や容貌・容姿が分かる写真までも文春側へ要求。文春側を「原告の上記主張は信じ難いものである」と呆れさせていた。
暴露系配信者のSNS投稿も証拠として提出
しまいには、松本氏側が「被告らが異常なほど感情的に反発してきたことに、困惑しているところである」と述べつつ、甲第6号証として暴露系配信者がSNS上にA子さん・B子さんの氏名を特定したと投稿した内容を証拠として提出した。
ただ、そんな暴露系配信者の真偽不明な投稿を、裁判官が証拠として評価するわけがない。松本氏側もわかっていたはずでは……。当然、個人が特定されるものとして、証拠説明書にも閲覧制限がかかり、黒塗りとなっていた。
文春側の「準備書面」に書かれていたこと
双方でA子さん・B子さんの氏名などを開示の有無で押し問答が続いていた最中、8月14日の弁論準備期日を前に文春側が動き出した。
文春側は全19ページに及ぶ「準備書面」(2024年8月7日付け)と、取材メモなど20点の証拠を提出。これまでの押し問答とは異なり、記事内容の「真実性」という、最大の論題へ舵を切ったのだ。
この書面には、2020年7月の取材から2023年12月の記事掲載まで、取材の経緯や方法などが事細かく記述されている。例えば、2020年7月中旬にとある芸人の不倫記事を読んだA子さんが、知人の弁護士を介して週刊文春へ「ある女性が『○○さん(注:筆者で名前を伏せた)のことが記事になるのであれば、私はもっと酷いことをされた』と話している。その相手は松本人志さんです」と告発したことなど。
他にも、文春の記者はA子さんに、ホワイトボードに現場見取図を書かせるなどして、実際に現場同様のホテルの一室で実況見分をしていた。取材メモは、まさしく刑事事件の裁判記録のような緻密さ。
さらには、B子さんの交際相手にも取材をしており、「当時の僕が推察するに、彼女が泣きながら電話をしてきた時点で『これは松ちゃんとの間で何かあったな』と感じた」などの証言を得ている。