【唖然】ちょ待って……舞妓さんの世界ってこんなに闇深いん!?
【唖然】ちょ待って……舞妓さんの世界ってこんなに闇深いん!?
舞妓(まいこ)は、京都の五花街(上七軒・先斗町・宮川町・祇園甲部・祇園東)において、舞踊・御囃子などの芸で宴席に興(きょう)を添えることを仕事とする少女のこと。芸妓の見習い修行段階の者をいう。 舞妓・芸妓は、今から約300年前の江戸時代に、京都の八坂神社(当時は祇園社)のある東山周辺の、神社仏閣へ…
29キロバイト (4,372 語) - 2025年6月10日 (火) 10:42
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未成年にお酒を飲ませたり、セクハラを黙認するような風土が残ってるなんて、伝統という言葉では済まされない問題。
改革が必要だと思う。
――中学を卒業後、地元を離れて京都の花街で舞妓になりました。
小学生の頃からジュニアアイドルとして活動し、日本舞踊に出会ってから、それが生き甲斐になっていました。それが中学に入った頃、母の知人で花街に通っている人から「舞妓になったらどう?」と勧められたのがきっかけです。本当は高校に進学して、いつかは自分で舞台をプロデュースしたいという夢がありました。でも、当時の私は世間知らずで、母に勧められたこともあり、「母の期待に応えたい」と思い舞妓の道を選びました。
■こらえるしかありませんでした
――舞妓は「置屋」と呼ばれる場所で共同生活を送ります。契約書などは交わさないのですか?
置屋には、最初に履歴書を渡すだけです。そもそも契約書はなく、置屋の「お母さん」と面接をして、「お小遣いは出るけど、修行だと思って頑張ってね」と言われたぐらいです。
――舞妓になるまで「仕込み」「見習い」の期間があります。桐貴さんが舞妓としてデビューしたのは、中学を卒業した年の2015年11月、16歳でした。舞妓になってどうでしたか。
一番驚いたのは、お座敷でのセクハラです。胸やお尻を触られたり、着物の隙間に手を入れられることは日常茶飯事。でも、「何があってもお客さんに逆らってはいけない」と教育されてきたので、こらえるしかありませんでした。
――お座敷ではお酒も飲まされるのですか。
「仕込み」の時から飲まされました。顔見世での紹介の場で「ほら、お前も飲め」と言われました。本当に驚きましたが、ここでも断ることができないので、「おおきに、いただきます」と言って飲むしかありません。舞妓になってからも、毎晩浴びるほどのお酒を飲まされました。慣れないお酒でヘロヘロになり、ずっと吐いている子もいました。
――お客は未成年と知っていて飲ませていた?
もちろん知っていたはずです。お座敷遊びはお金がかかるので、お客さんは大企業の役員や裁判官、弁護士、大学教授、政治家など、権力を持った立場のある人たちばかりでした。自民党の現職議員もいました。
■月に5万円
――休みや労働時間はどうでしたか?
舞妓には月2回の休みがありますが、お仕事が入れば休めず、代休も取れなくて1度も休みがない月もありました。労働時間は、どこからどこまでが勤務かわからない状態です。当時、門限が深夜12時だったので、だいたいその時間に置屋に戻ってきます。寝るのは早くて2時か3時。朝も早く、睡眠は長くて5時間程度です。忙しくて何も考える余裕がなく思考停止の状態になり、自分が何者であるのかも分からなくなってしまいました。
――給与は支払われていましたか。
お給料ではなく「お小遣い」として月に5万円もらっていました。だけど、そこからおしろいなどの日用品や生理用品など身の回りのものを買うと、手元にはほとんど残りません。
――外部に助けを求めたりできなかったのでしょうか。
中学を出たばかりの15、16歳なので、そういうことはわかりません。そもそも、お客さんとのトラブルを避けるという名目で携帯電話も持たせてもらえなかったので、外部との連絡も簡単には取れません。誰を信用していいかわかりませんでした。(以下ソースで
7/8(火) 10:32配信 AERA DIGITAL
https://news.yahoo.co.jp/articles/e357246fc725df906fe6c3153f65237711b75718
舞妓が置かれた状況は「現代の奴隷」と話す。桐貴さん提供
https://news.yahoo.co.jp/articles/e357246fc725df906fe6c3153f65237711b75718/images/000