怒りは笑いの最大の敵である。お笑いの仕事をやっていて、自分が腹を立てたり、怒ったりしたことを、エピソードとして話す分には面白いのだが、怒りの感情を持ったまま本番に入ると、笑いの邪魔にしかならない。体はホットに、頭はクールに、飲料の自動販売機のようにうまく分担させておくことが肝要である。
しかし、20代の若い頃は、本番前に腹の立つことや、イライラすることなどがあると、その気持ちを引きずったまま、体はホット、頭はホッテストな状態で本番に入り、表情が険しかったり、突っ込みがいつもよりキツ目だったりすることがあり、笑えない結果になることが、一度や二度ではなかった。
いや、正直に言うと、30代の頃も何度かあった。そんな痛い経験を踏まえ、本番前に嫌なことや腹の立つことがあると、心の中で(怒りは笑いの最大の敵)と自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えて、怒りの感情を持ち込まずに本番に臨めるようになった。
自分で言うのもなんだが、とはいえ、誰もそんな私の心の中での葛藤など知る由もないから、自分で言うしかないので言うが、この10年くらいで私が一番成長したな、と思えるのはじつはこの部分である。
■忘れられない10年前のエピソード
2016年、ある番組の収録前。
着替えもメイクもすませ、本番前にトイレをすませておこうと思い、用を足してから楽屋に戻ると、有田とその番組の総合演出兼プロデューサー、わかりやすく言えば、その番組で一番偉い人と何やら話をしていたが、私が楽屋に入るなり、有田は私に話しかけてきた。
■番組スタッフを怒ったのは初めてだった
用を足して私が楽屋に入るなり、有田が私に話しかけてきた。
「ねぇ、ちょっと聞いてよ」
「ん? 何?」
「いや、今さ、◯◯さん(総合演出兼プロデューサー)が入ってくるなり、『有田さん、ご結婚発表なさったようで。一応おめでとうございます』って言うのよ」
「ん?」
「だから『一応って何よ? おめでとう、でいいじゃない』って言ったらさ、『いや、でも結婚することが果たして幸せなのかどうかは現段階ではわかりませんからね。だから一応、ってことです』ってさ。どう思う?」
それを聞いた瞬間、私の堪忍袋が破ける音が聞こえた。
「あぁ⁉ おめでとうございます、でいいだろ! なんだ、一応って! あぁ⁉」
断っておくが、私は30年近くこの仕事をしているが、スタッフを相手に声を荒らげたことはない。もちろん番組の内容に関して、異論反論、疑問に思うことなどをぶつけてきたことは多々ある。でもあくまで冷静なトーンで話をしてきたし、怒りをストレートに投げつけたことはただの一度もない。しかも今回は番組の内容のことでもない。しかし、この時ばかりは、怒りを抑えることができなかった。
■「番組で一番偉い人」が平謝り
予想外の私のリアクションに、有田はスティーヴン・セガールばりに沈黙を続け、総合演出兼プロデューサーは、冗談のつもりであったであろう自分の一言が、予期せぬ修羅場をプロデュースしてしまったことに、おそらく今世紀一番のドギマギを見せていた。
「いや、あの、すいません。そんなつもりで……」
「人生で一度しかない(まあそうじゃないかもしれないが)結婚を素直に祝うことすらできねーのか?」
「す、すいません」
「そんな人の気持ちがわかんねー奴が、この番組の責任者なのか?」
「いや、あの……」
「そんな奴に、視聴者の心に響く番組なんか作れる訳ねーだろぉー!」
「……」
怒りの収まらない私は、その後も一言二言怒りの豪速球を総合演出兼プロデューサーにぶつけ、とうとう本番の時間となってしまった。
「本番前に不快な気分にさせてしまい、すいませんでした」
総合演出兼プロデューサーは、自分の思った展開と違う、みたいな表情を浮かべつつも、頭を下げて詫びを言い、撤退の速度100メートル8秒5くらいの速さで去っていった。
■怒りを鎮めて収録本番、そこには…
スタジオに呼ばれた私は、廊下を歩きながら例の呪文を唱えた。
「怒りは笑いの最大の敵。怒りは笑いの最大の敵。怒りは笑いの最大の敵……」
何度も何度も唱えた。私にとっては、ドラクエのベホマの呪文よりも回復に効果的である。
そして本番。その番組は、問題が出て、その問題の答えを知ってる、という人だけボタンを押してください、というスタイルでやっていた。ところが、ゲストの中には、知っているわけではないのに、答えがわかった気がするとか、たぶんこれだと思う、という理由でボタンを押される方が何人かいらした。その典型的な方が、歌手の瀬川瑛子さんだった。https://news.livedoor.com/article/detail/30344459/